宇宙は無から生じたのか

アレクサンダー・ビレンキン

 先ずこの宇宙の始まりについての諸説を見て行きましょう。
 ビレンキン博士の「無からの創成」では、何もない「無」から突然有限の大きさを持つ宇宙が誕生したことを示しました。
 ビッグバン理論によれば、宇宙の初期には宇宙にある全ての物質とエネルギーが一箇所に集まり超高温高密度の状態にあったとされています。この状態から宇宙は爆発のように膨張して行ったと考えられています。それ以前は、大きさ0の点全物質とエネルギーとが封じ込められた重力的特異点の状態であったことになります。特異点では何もかも無限大となります。重力も、物質の密度も、空間の曲率も無限大です。そうなると、一般相対性理論は成り立ちません。従って、特異点で何が起こったのか考えることが出来ないのです。
 M理論によれば、11次元の膜が接触することでビッグバンのエネルギーが生じ、宇宙が始まったと考えます。
 ホーキング博士の量子宇宙論では、宇宙の始まりや終わりを考える必要はないとします。宇宙は実時間の時空と虚時間の時空を交互にたどると考えます。実時間時空での消滅は、虚時間時空での誕生です。この様に、誕生と消滅を交互に繰り返すと言うイメージです。

 物質の因果関係は、原因が結果を生みその結果が原因となり更に結果を生むと言う形で進みます。この因果関係を遡っていくと、最初は原因なくして結果が生じなければなりません。つまり、無から有が生じなければならないのです。
 しかし、無から有が生じるでしょうか。無とは何も無いことです。何も無いところから有が生じると考えることは矛盾です。有を想定する限り、有の始まりを考えることは出来ません。

 ですから、宇宙の始まりを考えることは出来なくなります。ここから、宇宙の始まりは無いとする考え方が生まれます。この宇宙は、膨張と収縮を永遠に繰り返しているとか、過去にどんどん遡ってゆくと未来と繋がっていると言う説が生まれました。後者は、輪の様に現在→未来→過去と繋がっているので、宇宙に始まりはなくなります。

 しかし、有とは何でしょうか。この宇宙に存在するのは、物質・光・重力・電磁気力・強い力・弱い力の6つです。それらの実体は何でしょうか。

 現在「超弦理論」が最も有力視されています。それによると、上記の6つは全て「超弦」の振動として表現されます。では、「超弦」の実体は何でしょうか。
 突き詰めていくと、それらの実体は空間の歪み又は振動でしかありません。人間には、「ものそのもの」を理解することは出来ません。「もの」が作り出す影響=「ものの作用」を理解出来るだけです。物質・光・重力・電磁気力・強い力・弱い力は空間の歪み又は振動によってしか理解できません。それらは、他の空間の振動に影響を与えます。その他の空間の振動の変化がまた他の空間の振動に変化を与えると言う因果関係で、現象は進んで行きます。

 振動は、時間と空間により表現されます。時間と空間自体は否定出来ません。これを否定すると何も起こらないからです。従って、宇宙に存在するのは時間と空間のみであり、物質自体は永遠に理解されません。
 従って、この宇宙には有と言う実体はないのかも知れません。

 相対性理論によると、時間は止まったり進んだりします。止まると時間は消えます。空間も伸びたり縮んだりします。大きさ0の点になると、空間は消滅します。時が止まり、空間の大きさが無くなれば、この宇宙は消滅します。時間が進み出し、空間が膨張して大きさを持つようになると、宇宙は生じます。生じた2つ以上の宇宙が接触すると、時空の振動が生まれます。時空の振動は、物質・光・重力・電磁気力・強い力・弱い力と見えます。一見すると有が生じた様に見えますが、これと言った実体は無いのでこれは「空」です。時間と空間も、現れたり消えたりするので「空」です。

 この宇宙を「有」と把握すると、始まりを説明することは出来ません。この宇宙は始まりが無いことになります。しかし、無限の過去が存在することは、人間には理解出来ません。そうなると、永遠の未来と永遠の過去が繋がっているとするしかありません。これなら理解可能です。しかし、とても不自然です。やはりこの宇宙は「空」と把握すべきです。これなら、宇宙の始まりをイメージすることが出来ます。