言葉と数式はどちらが一般的か

 質問者さん、人の思考は「言葉」で営まれます。人間は、世界の因果関係を思考し、その因果関係の間に自分がどの様に働き掛けたら、自分の望む結果が導かれるかを思考します。

 「数学の定理」も「物理学の法則」も、数式を使わずに「言葉」で表わすことも出来ます。この世の因果関係を数と量のみで表現することが出来る時のみ、その因果関係を数式で表すことが出来るのです。
 数学の因果関係は単純です。数と量は、増えることも減ることもないと前提します。1つに1つを加えると2つになる。1つから1つを引くと無くなる。以上の因果関係を表現します。

 物理の世界でも因果関係は単純です。物質は、働きかける相手を選ばず、また働きかける作用も同一です。例えば、物質の有する万有引力は、全ての物質に等しく働きます。そして、その作用は距離の2乗に反比例します。電磁気力は少し複雑になります。プラスとマイナスと中性の相手物質には、異なる働き掛けをします。しかし、その数はまだ3種類しかありません。そして、電磁力は万有引力と同じく、距離の2乗に反比例して作用します。

 更に、物質が進化すると原子となります。原子は、相手の原子の種類により異なった働き掛けをします。原子は118種類あるので、118種類の異なった因果関係が生まれます。
 そして、原子は相手を選んでお互いに結合し、分子となります。分子は大変な数になるので、相手の種類も、作用の仕方も大変な数となります。
 その分子の中でも、蛋白質は最も複雑な働き掛けをします。蛋白質は、肉体や脳を作り、脳の中に外界を再現して、そこで世界の因果関係をシミュレーションします。どの対象にどの様な影響を加えると、自己の望む結果が生まれるかをシミュレーションし、上手く行ったものを外界に適用します。
 対象が人である場合が最も複雑です。どの人にどの様な言葉や態度で心理的影響を加えたら、世の中の人々が自分の望む行動を取るかを考えなくてはなりません。この様な思考を専門にしているのが、会社の経営者や政治家と言った人達です。ここに至ると、作用の対象と作用の仕方の選択は、最も複雑で困難なものとなります。

 質問者さん、この様に数式による思考に一般性はありません。因果関係を、数と量で単純に表現出来るごく一部の分野でしか使うことが出来ません。一方、言葉による思考は、最も一般性を持つ思考です。数式による思考を、言葉による思考に置き換えて表現することが出来ることからもそれが分かります。

 ですから、自分の言葉で思考すべきです。他人の言葉や他人の考案した公式をそのまま使っても、本質を理解出来ません。あたかも、構造の分からないパソコンを、上手に使っている様なものです。パソコンが少し壊れると、もうどうしようもありません。改造することも出来ません。
 自分の言葉に置き換えると言うことは、パソコンの構造を知ると言うことです。構造を知れば、壊れたら直すことが出来ます。また、改良することも出来ます。
 自分の言葉で表現しようとすると、何十と言う疑問や反論が頭の中を駆け巡ります。それらを一つ一つ解決して初めて自分の言葉に直すことが出来ます。そうして初めて、問題の本質を理解することが出来るのです。

 この様に、物理学の世界では、因果関係を及ぼす対象と因果関係の作用は単純であり、数と量で表現出来るので数式で表すことが出来ます。
 しかし、物質が進化し高度になる程、因果関係を及ぼす対象を選択し、因果関係の作用も適切なものを選択する様になります。これが思考です。こうなると、もはや数式で表すことは出来ません。無数にある対象のどれを選ぶかを数式で求めることは出来ません。対象が人である場合、その人にどの様な心理的影響を加えると自分の望む行動を取るかを数式で表すことも出来ません。

 この様に、数式は思考のごく一部であり、単純な世界のみを数式で表すことが出来ます。上記の様に高度な精神作用を数式で表すことは出来ません。それは言葉で表されます。人が高度な精神作用を営めるのも言葉により思考するからです。上記の様に数式を言葉で表現することも出来ることを考えると、数式は思考のごく一部に過ぎません。

 一番困難な思考は、人を自分の思うように動かすことです。会社の経営者や政治家等です。言葉や態度でその人の精神に影響を与え、望む行動を取らせるには言葉で思考するしかありません。
 質問者さん、この様に数式は人間の思考のごく一部です。言葉による思考を磨くべきです。