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慣性系と静止系

 V慣性系とはVq/秒で等速直線運動をする物質の集まりです。それに比べて、静止系とは静止している物質の集まりのことです。

 しかし、静止系が存在するのでしょうか。物質が等速直線運動をしても、物質にGは掛かりません。この宇宙で静止している一点を示すことが出来なければ、物質は等速直線運動しているのか静止しているのか分かりません。この宇宙には粒子αが一つのみになったとします。一体何を基準にして、αは等速直線運動している又は静止していると言えるのでしょうか。

 特殊相対性理論では、物質も光も全て粒子であり、空間には何もないと考えます。何もない空間の位置は考えることが出来ません。後に残るのは、動き回る粒子のみです。そうなると、どの粒子が静止しているのか誰にも分かりません。
 この粒子が静止しているとするとあの粒子は移動している、逆にあの粒子が静止しているとするとこの粒子は移動しているとしか言えなくなります。こう言う意味で、物質の運動は相対的なものとなります。そして、静止系と言う特権を有する系はないと考えます。

 特殊相対性理論では、自分の居る系は静止しているいや移動していると自由に考えることが出来るのです。自分の系は静止系だいや移動系だと考え方を変えただけで、観測される光の速度が変化してはなりません。従って、相対性理論では、全ての慣性系において「光速度は不変」であることが必須となります。
 物理法則も同様です。考え方を変えただけで、物理の法則の方程式が変わってはなりません。従って、「全ての慣性系において、物理法則は同一の形を採る」と表現します。

 しかし、本当に静止系はないのでしょうか。慣性系では、物体にGが掛からないので、静止系を考える必要はありません。しかし、加速系では、物体に加速に応じたGが掛かるので、慣性系の様にこの加速系は静止しているとか任意の値で加速していると自由に考えることは出来ません。

 例えば、急加速する車の中で、この車は静止していると幾ら念じても、体に掛かるGは消えません。何かを静止している(静止系)と設定して、それを基準にした加速に応じたGが私に体に掛かります。その何かとは何でしょうか。

 また、「ニュートンのバケツ」の思考実験で、静止系のあることを証明出来ます。バケツに半分位水を入れ、紐をつけて天井に吊るします。そして回転させます。すると、遠心力により、バケツの端は水面が高く中央部分は低くなり、水面は凹凸になります。
 この事実から、水に掛かる遠心力は、静止している絶対空間を基準にした水の回転速度に応じて掛かっていることが分かります。
 この宇宙には、水の入ったバケツと観測者のみと仮定します。バケツの水面が凹凸になれば観測者は静止しバケツが回転しており、平らなままであればバケツは静止し観測者がバケツの周りを回っていることが分かります。

 では、「静止系」は何でしょうか。
 少し前に、ヒッグス粒子が発見され話題になりました。空間は何もない入れ物ではなく、そこにはヒッグス場があります。物質がヒッグス場上を移動すると、ヒッグス粒子が生じ物質にまとわり付きます。その為に、物質は動き難くなり質量を与えられます。
 即ち、この「ヒッグス粒子のプール」が静止系です。物質が「ヒッグス粒子のプール」の中を移動すると質量が与えられ、その中で加速するとGが掛かるからです。
 逆に、「ヒッグス粒子のプール」自体が宇宙の中を移動しており、物質が「ヒッグス粒子のプール」と同じ速さで同じ方向に移動しても、その物質には質量は与えられずGも掛からないからです。

 ですから、急加速する車場合、「ヒッグス粒子のプール」を静止と考え、それを基準とした加速に応じたGが体に掛かります。ニュートンのバケツの場合、「ヒッグス粒子のプール」を基準にして、バケツが回転していれば水面は凹凸となります。

 静止系とは「ヒッグス粒子のプール」の中で静止している物質の集まりです。慣性系とは「ヒッグス粒子のプール」の中を等速直線運動する物質の集まりです。